後集118 心を澄まして、自分の心の真理を考察する

後集101-120

起 原文

人心多従動処失真
若一念不生 澄然静坐
雲興而悠然共逝 雨滴而冷然倶清
鳥啼而欣然有會 花落而瀟然自得
何地非真境 何物無真機

人心多く動処より真を失ふ
若し一念生ぜず、澄然として静坐せば
雲興って悠然として共に逝き、雨滴りて冷然として倶に清く
鳥啼いて欣然として会する有り、花落ちて瀟然として自得す
何れの地か真境に非れば、何れの物か真機無からん

動処(どうしょ)、動揺しているとき;一念(いちねん)、少し考えること;澄然(ちょうぜん)、心を澄ますさま;欣然(きんぜん)、喜んで何かをするさま;瀟然(しょうぜん)、さっぱりと、さらりと

承 意訳

人間の心は動揺するとその真の姿を見失う

もしもなにも考えずに、心を澄まして静かに座すれば

雲が浮かんでは心は共に流れ、雨が滴れば心は清らかに流される

鳥が鳴けば喜び、花が落ちればさらりと悟りを得る

どこでも真理の道は開けており、真理に通じる物ばかりである

転 別視点

人間のあるべき姿を追求するのに、山林に隠居する必要はなく、日常の中に真理を理解するヒントは存在します

周囲に流されて生きるばかりではなく、自分の心を澄まして自分主体で物事を考察すれば、真理を悟ることができます

山林の静かな環境は、それを手助けしてくれる環境なのかもしれませんが、現代人にはなかなかそれを手に入れることは困難です

結 まとめ

周囲に気を遣うばかりではなく、心を澄まして、自分の心の真理を考察しながら、主体的に物事を考察していく。

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